東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)86号 判決 1967年2月07日
原告 田中喜一郎 外一二名
被告 東京都収用委員会
主文
原告らの訴えを却下する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一当事者の申立て
一 原告らの申立て
「被告は昭和三一年六月二五日付および同年七月一九日付でそれぞれ東京防衛施設局長から申請を受理した別紙物件目録記載の各土地に関する収用裁決申請事件の審理および裁決をなす権限を有しないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求める。
二 被告の申立て
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決を求める。
第二原告らの主張
一 原告らはいずれも別紙物件目録記載の各土地(以下本件各土地という。)をそれぞれ所有ないし賃借耕作しているものであり、被告は土地収用法に基づく権限を行うため、同法第五章第一節の規定に基づいて東京都に設置されたものである。
二 訴外東京防衛施設局長は、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(以下単に特別措置法という。)第五条に基づき、本件各土地を駐留軍の用に供するために収用することについて、内閣総理大臣の認定を受けたうえ、右特別措置法、土地収用法所定の手続きを経たとして、昭和三一年六月一九日および同年七月一二日の二回にわたり、被告に対し、本件各土地収用の裁決申請(以下本件裁決申請という。)をなした。しかして被告は、昭和三一年六月二五日および同年七月一九日右申請を適法なものとして受理し、昭和三九年四月二七日、審理を開始した。
三 しかしながら、特別措置法第一四条によれば、同法第三条の規定による土地等の使用または収用に関しては、一般に土地収用法の規定を適用するものとされているが、収用委員会の組織、権限に関する同法第五章第一節の規定は特にその適用を除外されている。
四(一) ところで土地収用法第四八条によれば、同法第五章第一節に基づく収用委員会は左記の事項について裁決するものとされている。
(イ) 収用する土地の区域又は使用する土地の区域並びに使用の方法及び期間
(ロ) 損失の補償
(ハ) 収用又は使用の時期
(ニ) その他この法律に規定する事項
(二) そしてどの程度の区域の土地が必要であり、また収用又は使用時期はいつが妥当であるかの認定は土地収用法に基づく収用委員会の権限であるが、同時に、それが適正かつ合理的に決められることは収用委員会の義務である。
(三) そして収用する土地につき適正かつ合理的な審理、裁決がなされるためには、土地収用の目的、手段、方法ならびにその目的のために使用されるものの構造、性質等が明らかにされ、土地収用法上の委員会がこれらを十分に理解し、その理解を前提として一定の区域の土地が必要であるか否か、必要であるとすればどのくらいの区域の土地が必要であるか、また収用の時期はいつが妥当であるか等につき高度の技術的あるいは政策的専門的知識を要することはいうまでもない。そしてこれらのことが実質的に保障されていなければならず、右に述べたことが確定してはじめて適正な補償額も算出できることになる。
(四) すなわち、(イ)収用する土地の区域については、米軍機の構造、性能、操作方法、必要塔載量、発着台数等が明示され、収用委員会がこれらを十分に理解し、その理解を前提として一定の区域の土地収用ないしは使用の要否が認定できるだけの高度の技術的専門的知識を必要とする。(もつとも土地収用法第六五条によれば、土地収用法による収用委員会は、鑑定等の方法により調査することも可能であるが、もし米軍より軍の機密事項であることを理由に前記の事項について鑑定を拒まれた場合、右第六五条その他土地収用法にはそれに対処すべき規定はないし、また仮に鑑定が可能であつたとしても、米軍用機の構造、性能、操作方法、必要塔載量等については少くとも鑑定を理解しうるだけの専門家、たとえば航空技術に関する自然科学者が委員会の構成メンバーになつていなければならない。しかるに土地収用法第五二条第三項では、委員及び予備委員には、法律、経済、行政についての専門家しか予定されていない。)(ロ)また収用の時期についても、日本とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条にいう「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」に今日が関係土地を収用するのに適当な時期であるか否か、さらに日本国内における米軍用機の事故が続出している現状の下で、米軍機のための基地の拡張が時期的に妥当であるか否かなどを判定するには、少なくとも航空機技術上あるいは外交上の専門家が土地収用法による収用委員会の構成メンバーに加わっていることが絶対に必要である。(ハ)さらに、土地の区域、収用の時期が、「適正かつ合理的に」決められないかぎり、補償額を確定することが不可能であることはいうまでもない。しかるに被告が特別措置法の要請する「適正且つ合理的な………収用」(同法第三条参照)に応え得るだけの機能を備えていないことは明らかである。(ニ)なお土地収用法と特別措置法の規定の形式からしても、一般の土地収用についての事業の認定権は比較的重要なものについては建設大臣の、その他のものについては都道府県知事の権限とされている(土地収用法第一七条参照)のに比し、特別措置法ではすべて内閣総理大臣に認定権限を委ねている(特別措置法第四条第一項参照)し、また、収用認定申請書の様式も土地収用法では建設省令で定める様式にしたがうことを要求しているのに比べ(土地収用法第一八条)、特別措置法では総理府令でそれを定めることになつている(特別措置法第四条第二項)など、見逃しえない重要な差異が存する。
五(一) また土地収用法は、公共の利益となる事業に必要な土地等の収用または使用に関し、その要件、手続および効果ならびにこれに伴う損失の補償等について規定する法律であつて(同法第一条)、土地収用等のための一般法というべきものである。
(二) ところで右一般法に対する特別法には二種のものがあり、一つは土地収用等の要件、手続、法的効果等につき一般法たる土地収用法の定めを修正して特別の社会的要請に応えようとする狭義の特別法(本件特別措置法のごとし)であり、他の一つは土地収用法第三条の列挙にもれた公益的事業につき同条を実質的に拡張して、その事業のための土地収用等について同法の定めを全面的に借用しようとする広義の特別法(鉱業法、採石法等のごとし)である。
(三) そして厳格な意味での特別法としては、前者のみがこれにあたり、公共の利益となる事業のための土地等の収用等に関する土地収用法の一般規定ではまかないきれない特別の社会的要請(例えば特別措置法の場合でいえば軍事的、外交的要請)が存する場合に、必要な限度で一般規定を修正補充するものであり、後者は土地収用法にいう「公共の利益となる事業」の観念に包摂され、ないしはこれに類似する事業について、同法の定める土地収用等の要件、手続、法的効果等によりほぼその要請が充たされる場合にこれをほとんど全面的に適用するもので、なしろ厳密な意味では一般法の拡張適用ともいうべき場合である。
(四) したがつて前者にあつては多くの特別規定を設けるとともに、土地収用法の適用についても適用除外の範囲を明確に定め(特別措置法第四条ないし第一四条)、後者にあつては実質的な特別規定は全く設けず、したがつて土地収用法をほとんど全面的、包括的に適用する仕方で定めているのであつて、(鉱業法第五章、採石法第四章。なかんずく鉱業法第一〇七条第一項、採石法第三七条第一項は、いずれも「この法律に別段の定がある場合を除く外、土地収用法の規定を適用する」と定めているが、そこにいう「別段の定」には、土地収用法の一般規定を実質的に修正するような、みるべき規定はなく、実質的には同法の全面適用を意味するに等しい内容となつている。)、このような両者の相違をもつてたんなる立法技術上の偶然的な相違と解すべきではない。
(五) ところで土地収用法第四一条は、関係者間の協議不調等の場合に起業者が関係土地の所在する都道府県の収用委員会に裁決申請をなしうる旨を定め、同法第四二条ないし第五〇条は右収用委員会の審理裁決の手続について定め、さらに第五章(第五一条ないし第六七条)は右を含めた「この法律」(土地収用法)に基づく権限を行うため都道府県知事の所轄の下に収用委員会を設けることおよび右委員会の権限、運営等について定めている。
(六) そして土地収用法に基づく権限を行うための収用委員会は同法第五章第一節によつて設置されるし、また同節以外に土地収用法本来の権限を行う収用委員会の設置の法的根拠は存しない。したがつて「土地収用法に基づいて設置された既存の収用委員会」というとき、それは同法第五章第一節を意味するものでなければならないし、右第五章第一節に基づいて設置された「都道府県知事の所轄下におかれる都道府県の収用委員会」が、同法第四一条ないし第五〇条を含めた同法全体の所定事務及び権限を行うこととなるのは当然であるが、同時に同法が、右のごとく収用委員会の審理裁決手続を収用委員会の組織、権限等ときりはなして土地収用等のための一連の手続規定のなかに位置させた趣旨および同法の手続的規定の一般的性格に徴すれば、他の特別法が土地収用法第五〇条までの収用手続に関する一般規定のみを借用し、収用委員会の組織権限については、同法を適用せず、特別の社会的要請にふさわしく組織構成された別個の収用委員会にその権限を行わしめることとすることは十分に可能であり、また予想されるところでもある。
(七) 以上のとおりとすれば、他の法律(特別法)が右第五章第一節をふくめて土地収用法全体を適用すると定める場合、それが同節に基づいて都道府県知事所轄下に設置される収用委員会を活用し、その権限のもとに審理、裁決を受けることを意味するのは当然であるが、同時に、他の法律がとくに右第五章第一節の適用をはずし、手続規定のみを適用すると定める場合、都道府県単位に設けられる特別の収用委員会をして同法第四一条以下の審理裁決をなさしめる趣旨と解すべきことも当然といわなければならない。
(八) そして土地収用法の定める土地収用手続の類推適用を要請する前記鉱業法、採石法が前者の態度をとり、駐留米軍の軍事的要請に沿つて土地収用一般法を修正しようとする特別措置法が後者の態度を採用したことは形式的にも、実質的にも十分理由のあることといえる。
六 かくて特別措置法第一四条第一項においてわざわざ土地収用法第五章第一節の適用を除外したのは、特別措置法に基づく土地収用は、米軍の軍事目的の、しかも米軍用機の使用のためのものであつて、国際的にも国内的にも重大かつ広範囲の問題を包含するが故に、前記のような一般の収用委員会の組織および権限をもつてしてはいまだ特別措置法自体の要請する適正かつ合理的な(同法第三条参照)収用にこたええないことを考慮したがためであると解される。
したがつて同法第一四条の法意は、特に駐留米軍の軍事的、外交的要請と、関係国民の財産権という基本的人権保障の要請との矛盾衡突を十分調整しうる組織機能をもつた収用委員会を設け、これをして、同法に基づく土地収用事案の審理裁決にあたらしめるというにある。それ故特別措置法自体の中にか、あるいは特別の立法によつて特別の収用委員会に関する規定を設けるべきであつたものというべく、これを設けなかつたのは立法の不備である。そしてもしいまだかかる収用委員会が設置されていないとすれば、それは立法府あるいは行政府の怠慢ないし過誤に基づくものというほかはないのである(したがつて本件各土地収用についての審理ならびに裁決は被告の権限外の事項であり、本件各土地の収用裁決が適正かつ合理的になされるために被告はすみやかに本件申請を却下すべきであつた)。
七 ところで、被告が本件各土地の収用裁決申請事件につき本件申請を受理し、審理を開始したことにより、原告らの本件各土地所有権等の本来的機能はきわめて制限される結果となつた。なぜなら、被告において本件各土地の収用裁決方につき審理が開始続行されている状況の下では、仮にそれが審理の内容にまでたちいたつていないとはいえ、原告らが本件各土地を第三者に譲渡もしくは賃貸等の方法で処分し、収益することは著るしく困難もしくは不可能であるからである。なるほど右のような原告らの土地所有権等に対する制約は内閣総理大臣による収用認定によつても生ずるが、被告が本件各土地に対する収用裁決権限ありとして現実に審理を開始したことによりその制約は一層顕著なものとなる。それ故、原告らは本件確認の訴えにつき法律上の利益を有するものである。
よつて原告らは、被告が本件裁決申請につき審理裁決する権限を有しないことの確認を求める。
第三被告の答弁および主張
一 原告らの主張の第一項および第二項の事実を認める。
二 原告らの第三項以下の主張の趣旨はすべて否認する。
三 特別措置法は、いわゆる駐留軍の用に供する土地等の収用、使用に関して、収用等の認定に関する事項その他若干の事項について土地収用法と異る別段の定めをし、その他の事項については、特別措置法第一四条によれば、すべて、土地収用法の規定を適用する建前を採つているのであつて収用、使用の裁決申請、これに対する審理裁決の機関についても、特別措置法がその適用を定めている土地収用法第四一条が、起業者は所定の場合に収用等をしようとする土地の所在する都道府県の収用委員会に裁決を申請することができる旨を規定しているほか、さらに土地収用法第四二条以下第五〇条まで(収用委員会の審理裁決関係)がすべて適用されるのであるから、これによつてみると、特別措置法は、同法に基づく土地の収用、使用についても、土地収用法に基づいて設置された既存の収用委員会をして審理裁決せしめる趣旨であることが明瞭であつて、特別措置法第一四条が土地収用法第五章第一節の適用を除外したことは当然のことである。すなわち同章節は収用に関する審理裁決を行う機関として収用委員会を設置すること、同委員会の組織、委員の任期、資格要件等を定めているのであつて、いうまでもなく、新たに収用委員会を設置しようとする場合においてはじめて必要な定めなのであるから、もしも特別措置法が同章節を適用すると定めれば、その場合は、かえつて新たに収用委員会を設置しなければならないこととなり、前述した既存の収用委員会に審理、裁決せしめる趣旨と矛盾することになるのである。
四(一) 元来一般法に対する特別法の規定の仕方としては、当該特別法の特別の目的上、一般法の規定をそのまま適用することのできない事項についてだけ別段の定めをすれば足りるのであつて、それ以外の事項については原則として一般法を適用することになるのであるから、一般法を適用する旨の規定の仕方に多少の差異があつても、それは結果として格別の差異を生ずるものではなく、重要なことは別段の定めの内容いかんだけである。
(二) したがつて特別法としての本件特別措置法、鉱業法、採石法においては、いずれも、その事業の目的に応じ、土地収用法の規定をそのまま適用することのできない事項についてだけ別段の定めをし、それ以外の事項については土地収用法の規定を適用する建前を採つているのであるが、もし特別措置法が特別の収用委員会の設置を考えているのであれば、当然同法に、それに関する別段の定めをするはずであるのに、それがないところをみれば、同法に基づく土地の収用使用につき土地収用法に基づいて設置される収用委員会をして審理裁決せしめようとの法意であることは明らかといわねばならない。
(三) ただ鉱業法第一〇七条、採石法第三七条が「……この法律に別段の定がある場合を除く外土地収用法の規定を適用する」と規定するのに対し、特別措置法第一四条第一項は「…………この法律に特別の定のある場合を除く外………土地収用法の規定(……の規定を除く)を適用する」として、両者の間に規定の仕方の差異があるけれども、これは、本質的には、格別の差があるわけではないのである。
(四) すなわち、まず鉱業法、採石法の場合は、別段の定めにてい触する土地収用法の規定とか、事柄の性質上あるいは事理の当然としてその適用を除外すべき土地収用法の規定があつても、それを個別に列挙して明確にすることなく、きわめて概括的に表現しているのである。したがつて、土地収用法と鉱業法、採石法との相互対比において、解釈上当然土地収用法の規定の適用を除外しなければならないものもあるのであつて、別段の定めのある場合を除くほか土地収用法の規定を適用する、とはいつても、必ずしもすべての規定が適用されるとは限らない。例えば土地の使用だけを認めている採石法においては、土地収用だけに関係のある土地収用法第七二条、第七六条、第八二条、第一〇二条、等の規定は全く適用する余地のないものであるし、また第五章第一節も、土地収用法第四一条(都道府県の収用委員会に対する裁決申請)、第四章第二節(収用委員会の審理裁決等に関するもの)の適用がある以上、いまさら適用する必要のないものであつて、以上の諸規定は、広い意味での別段の定めに包含されるとでも解するほかはないのである。
(五) 右と異り、特別措置法においては、その特別の定めにてい触する土地収用法の規定その他適用する余地のない不必要な規定をいちいち個別に列挙して適用除外を明確にしているのであつて、そういう意味で第五章第一節も適用を除外されているのである。
(六) 以上のとおりであるから、鉱業法、採石法と特別措置法との規定の仕方は、一は概括的であり、他は明確的であるとの単なる立法技術上の差異があるに止まり、実質的には同一に帰するのであつて、両者いずれもそれぞれの事項につき土地収用法に基づいて設置される収用委員会をして審理裁決せしめる法意であることになんら変りはないのである。
理由
一 職権をもつて本件訴えの適否につき判断する。
本件において原告らは、東京都収用委員会である被告が、原告らが所有しまたは賃借耕作する本件各土地に関し訴外東京防衛施設局長の被告に対する収用裁決申請事件について審理および裁決をする権限を有しないことの確認を求めているが、被告がいまだ右申請事件についてなんらの裁決もしていないことは原告らの主張自体から明らかである。してみると原告らの本件訴えは、結局のところ、行政庁である被告が原告らのいうような処分権限を有するか否かの点について、当該行政庁のこれに対する判断が示される以前に裁判所に判断を求めるものにほかならない(なお審理は裁決のための前提手続にすぎず、これにより直接原告らの権利義務に影響をおよぼすものではない)。
二 行政事件訴訟法は、「行政事件訴訟」とは、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟および機関訴訟をいう、と定めており(同法第二条)、また、同法において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう、としている(同法第三条第一項)が、前記原告らの本件訴えが、その主張および被告を行政庁たる東京都収用委員会としていることからみて、抗告訴訟として提起されたものであることはうたがいがない。しかして同法は、抗告訴訟の訴訟形式として、「処分の取消しの訴え」、「裁決の取消しの訴え」、「無効等確認の訴え」、「不作為の違法確認の訴え」、の四つをあげているだけであつて、右のほかの訴訟形式を認めない趣旨かどうかを明らかにしてはいない。ただ同法が取消訴訟を抗告訴訟の中心においているところ等よりみれば、わが国の現行法の建前が、行政庁の処分権限の存否についての行政庁の判断を尊重し、これに基づく行政庁の処分に対してはその判断に重大かつ明白なかしがない限り、いわゆる公定力を付与し、取消訴訟によつてのみその公定力を失わせることができるものとしていることは明らかといわなければならない。それ故、行政庁がある処分をする権限を有しないかどうかの点につき、当該行政庁による処分がなされない事前の段階で、訴訟によつて争うことは原則的にはゆるされず、右のような点については、その行政庁による処分がなされた後にその処分の取消しを求める取消訴訟(ただし、行政庁の処分が重大、明白なかしがあるため無効である場合には、取消訴訟のほか処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴え又は処分の無効確認の訴え)の形式でこれを争わせようというのが行政事件訴訟法の建前とするところであると解するのが相当である。しかしながら、さればとて、同法が、右のような行政庁の処分権限の存否について、国民の側から、事前の訴訟によりこれを争い、いわば予防的にその権利の救済をはかることを、いかなる理由と必要があろうとも一切拒否し、当該行政庁の処分がなされるのをまつたうえで取消訴訟を提起するほか救済の途はないとしているとまで断定することも妥当ではないのであつて、行政庁の一次的判断を重視する必要がなく、しかも国民の権利、利益を行政権の違法な行使による侵害から守るために事前の司法審査が必要不可欠な特別の場合、例えば、当該行政庁においてその処分をなす権限を有しないことが行政庁の一次的な判断をまつまでもなく明白であり、しかも右行政庁が、その有しないことの明らかな権限を、有するものとして行使して処分をすることが差し迫つているため、事前に裁判所の判断を求めるのでなければ国民の権利救済が全うされず、回復しがたい損害を避ける緊急の必要性が肯認されるような場合には、行政庁の処分がなされる前に、行政庁の処分権限の有無につき確認を求める訴訟形式によつて司法による権利救済を求めることも、行政事件訴訟法第三条第一項にいう「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」の一種として、例外的に許されるものと解すべきである。
三 これを本件についてみるに、特別措置法に基づく本件各土地の収用については、原告らの主張によれば、すでに裁決の申請があり審理が開始されているというのであつて、これに基づき最終的には被告の裁決が行われることとなるわけであるから、原告らが主張するように、もしかかる裁決あるいはそのための審理について、被告においてなんら権限を有しないのであれば、原告らにおいてそのなされた裁決の取消し等を訴求しうることはいうまでもないところ、原告らがこのような取消訴訟等によつて争つていたのでは権利の救済を全うできず、回復しがたい損害を避ける緊急の必要があることについては、これを首肯するに足る主張、立証がない。もつとも、原告らは本件各土地の収用裁決について審理が開始、続行されている状況のもとでは、原告らがその所有又は賃借する土地を第三者に譲渡もしくは賃貸等の方法で処分し、収益することは著しく困難もしくは不可能である旨主張するが、仮に審理の開始、続行の事実があるとしても、その事実のために、原告らがその所有又は賃借する土地を処分し又は収益することが著しく困難もしくは不可能となつたものとは断じ得ないのみならず、このような事情は、取消訴訟等によつて争つていたのでは原告らにおいて権利の救済を全うできず、回復しがたい損害を避けるため緊急の必要がある場合にあたるものということはできない。
四 してみれば、原告らの本件訴えは不適法というべきであるから、本案に対する判断を省略してこれを却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 位野木益雄 高林克已 仙田富士夫)
(別紙省略)